Concept | <公式サイト>FBCインターナショナル

Concept

F = FOOD
B = BEVERAGE
C = CULTURE
INTERNATIONAL
FBC インターナショナルは、イタリアやアメリカなどコーヒー先進国の、飲食 特に コーヒーに関わる優れた製品・商品を安全にお届けすることを第一に、
そして、ブームや流行ではなく、永く日本の皆様に CULTURE/ 文化 として コーヒー / カフェ が愛されるよう願いを込めて、

私たちが出来ることを、ただただ誠心誠意まじめに取り組んでまいります。

代表メッセージ

1380078_696035087088108_913976615_n111コーヒー、美味しいですね。
コーヒーのない毎日は考えられません。
皆様は如何ですか。

私が、コーヒーそれもエスプレッソコーヒーに仕事としてかかわって25年が過ぎました。
愛飲者としては、もう50年でしょうか。
初めてコーヒーを飲んだのは、小学生低学年1960年頃だと思います。ネルドリップでいただいたのを覚えています。砂糖はたっぷり入れたとは思いますが、最初から「美味しかった」と思ったのを不思議と覚えています。
大学受験を控えた高校生時代からは、日に何杯も飲む習慣が始まり、大学4年間はアルコールランプのサイフォンコーヒーをずっと飲み続けていました。
この頃は、紅茶にも惹かれ新宿紀伊国屋書店の中にあった紅茶専門店にほぼ毎日のように通っていました。
オイルショックで最悪の就職戦線厳しい1976年、一部上場の婦人服アパレル会社に就職。
女性ファッションの世界で20代を過ごした後に、30代ではホテルのインテリアや美術品関連も扱う会社に転職し、一人で世界の都市をまわり、アンティーク品や美術品の買い付け、5星ホテルのリサーチなどすることが多くなりました。
ロンドン、パリ、マドリード、ニューヨーク、ワシントンDC、シアトル、香港etc。
中でもシアトルには1980年代何度も行きました。
そして、生来コーヒー好きの私は、シアトルで流行り始めていた Starbucks Coffee さんに代表されるエスプレッソ、ラテ、カプチーノなどを知りました。
20代では婦人服アパレル、30代ではホテル・インテリア、だいたい10年すると次の仕事につきたくなる性分のようで、迷いもなくエスプレッソ関連の仕事を始めよう と思いました。この時には不思議と『転職しよう』ではなく、最初から『起業しよう』でした。何故いきなり起業しようと思ったのか 今でもよく分かりません。

1990年、神戸で開催された World Trade Fair に シアトルJava Trading Co.Ltd,.社からコーヒーカート・エスプレッソマシン・グラインダー他、そして 2名のアメリカ人バリスタを招き出展。
周りでは全てのコーヒー出展者が無料で試飲サービスをしているなか、一杯250円で販売。
当時では珍しい穴開きのリッドと紙カップでのラテが中心でしたが、毎日大変にご好評を頂き自信を持ちました。

同じ頃、シアトルでも二人の女性企業家 Jane さんと Laura さんが Espresso Supply を起業、 ラテアートの神様 David Schomer さんも北部イタリアスタイル焙煎アラビカ種のみで Vivace オープン。 Vivace1号店には、開店日にお邪魔しました。
以来、Espresso Supply 社とは正規日本代理店として、Schomer 氏とは友人として、20年以上のお付き合いになります。

1992年 シアトル Java Trading 社の日本支社長に就任後、1996年 独立し株式会社 Java Trading Japanを設立。
2002年に(また偶然にも10年後ですが)Java社を退き、個人事務所を立ち上げ、シアトルから Fidalgobay Coffee を輸入開始するとともに、個人コンサルタントとして米国・アジア各国を訪問。
2005年から5年間は日本スペシャルティコーヒー協会に理事・事務局長として大変にお世話になり、国内外に新たに多くのネットワークを広げることができました。

2004年に個人事務所を現在のFBCインターナショナルへ引継ぎ、以後、多くの海外製品を日本市場にご紹介するとともに、国内でも有田焼や美濃焼の製品を開発販売を開始。
2011年には、イタリア ミラノの ANFIM社日本正規代理店となりました。

今日も明日も変わることなく皆様に愛される企業であり続けたいと願い、日々感謝の気持ちを胸に社員一同励んでまいります。